「正直、この出汁には萌えが足りないと思うんです」
 前任の異動があって、3年の付き合いになる担当編集者はそう断言した。
 「出汁にも萌え、とやらが必要かね?」
 「当然でしょう。萌えを与えとけば大概の輩は満足します」
 「そういうもんかね。そういう迎合は出汁とは無縁だと思っておったが」
 担当編集者は彼がイライラしたときのくせなのだが、本人は気が付いていないのだろう、眼鏡の縁に触りながら、
 「あとは絵師ですね。良い絵師を仕入れとけば売れ行きは大分変わりますので。まあ、それはこっちでどうにかします」
 「しかし、具体的には萌えとは何なのかね?」
 担当編集者は最早、痴呆を見るような目で、
 「結局はセクシャルな意味合いの強いフェティシズムなんですがね。虚構性が強いものをそう分類するみたいです」
 疲れているのだろう、出汁を一啜りして、
 「まあ、ダンボール萌えとかMTG萌えとか云うのもありますので、明確なボーダーは薄れつつありますが」
 萌えと絵師まで入れて出汁を取らねばならないとは世の中変わったものだと思いつつも、俺は寸胴鍋の火を弱めて、前からのアイデアを冷蔵庫から取り出し、
 「では、とりあえずこういうのはどうかね」
 と、丼でアイデアを出した。

 以下次回。

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